佐賀地方裁判所 昭和39年(ワ)176号 判決 1968年3月21日
原告 諸富町
右代表者町長 吉末豊助
右訴訟代理人弁護士 松下宏
被告 野中繁次
右訴訟代理人弁護士 吉浦大蔵
主文
被告は、原告に対し、金一二九万二、〇八八円五〇銭およびこれに対する昭和三九年六月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴部分にかぎり、原告において金四〇万円の担保をたてるときは、仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三四八万五、一三四円およびこれに対する昭和三九年六月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求めた。
第二、原告の主張
一、請求原因
(一) 被告の地位
被告は、昭和三四年一〇月一五日原告町の収入役に就任し、昭和三八年一〇月一四日に退職するまでその職にあった。
(二) 野中達郎の地位と職務
訴外野中達郎は、昭和三〇年三月一日から原告町に事務吏員として勤務し、昭和三四年二月一日会計係に配置され、同年七月六日出納員に任命された。そして、その後同人は収入役である被告を補助し、その指揮監督のもとに現金等の出納保管事務に従事していたところ、原告町が昭和三五年一一月一日から国民健康保険事業を実施したので、同人は同日から前記被告退職の昭和三八年一〇月一四日まで被告の命を受けその補助として右国民健康保険にかかる現金、預金の出納および保管の事務をつかさどり、右被告の退職の日から同年一二月一日まで収入役の職務を代理し、同月一〇日統計主任に配置替えされた。
(三) 野中達郎の公金横領
野中達郎は、昭和三五年一一月一日から昭和三八年一二月三一日までの間に原告町の国民健康保険にかかる現金および預金合計金四九二万一、二七七円を擅に着服して横領し、原告町に同額の損害を与えた。そのうち、同人が被告の退職した昭和三八年一〇月一四日までに横領したのは金四二四万八、〇八一円である。
(四) 被告の賠償責任
被告は、収入役として在任中に生じた野中達郎の右横領による金四二四万八、〇八一円の公金亡失につき、原告町に対し、その損害を賠償しなければならない。すなわち、被告は収入役として善良な管理者の注意をもって原告町の現金、預金の出納および保管をなすべき義務があったところ、その職務権限に属する国民健康保険にかかる現金、預金の出納および保管の事務を出納員であった野中達郎に命じてつかさどらせながら、自らはその事務につき帳簿と現金、預金との引合いその他管理上必要なことを一切せずに放置し、また同人に対する監督もしないで収入役名義の預金の出し入れ、収入役の公印の使用も同人の自由にまかせ、収入役としての善良な注意を怠ったために、同人の右横領による金四二四万八、〇八一円の損害を発生せしめるに至ったのであるから、被告は当然その損害を賠償すべき責任を負わなければならないものである。
(五) 被告に対する賠償命令
原告町の町長川原誠は、昭和三九年二月一三日監査委員から国民健康保険にかかる出納の監査の結果の報告を受け、これに基づき同年四月六日付書面で、被告に対し、被告の収入役在任中に亡失した前記金四二四万八、〇八一円を同年六月一九日までに賠償するよう命令し、同書面はその日付の頃被告に到達した。
(六) 被告が賠償すべき金額
被告は右町長の賠償命令に基づき、原告町に対し金四二四万八、〇八一円を賠償すべき義務があったところ、原告町は野中達郎から昭和三九年四月六日に金七〇万円、同年六月二五日に金三七万一、一四三円、昭和四〇年一月二八日に金三六万五、〇〇〇円、合計金一四三万六、一四三円の賠償金の支払いを受けたが、そのうち金六七万三、一九六円は被告の収入役退職後すなわち野中達郎の収入役職務代理当時に生じた損害の賠償債務に充当することにし、その旨の意思表示を野中達郎の代理人であった同人の母に対してなしたから、被告が賠償すべき金額には右の残金七六万二、九四七円が充当された。
よって、原告町は被告に対し、前記金四二四万八、〇八一円から右金七六万二、九四七円を差し引いた金三四八万五、一三四円とこれに対する前記原告町の賠償命令に定められた期限の翌日である昭和三九年六月二〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、被告の本案前の主張に対する答弁
被告の本案前の主張事実のうち、原告町の議会が被告に対する本件賠償金請求の訴えの提起を議決したことは認めるが、その議決に野中達郎に対する訴えの提起と同時にしなければならない旨の条件が付せられていたことは否認する。
三、被告の抗弁に対する答弁
(一) 被告の仮定抗弁(一)の主張は争う。収入役は会計事務をつかさどる独立の地位と権限があり、その補助吏員である出納員の野中達郎に対しては町長は監督責任を負わないものである。
(二) 同(二)の事実のうち、債務免除の事実は否認する。
(三) 同(三)の事実のうち、被告が原告町に対し不当利得返還債権を有するに至った事実は否認する。
第三、被告の主張
一、本案前の主張
原告町の議会は、昭和三九年七月一六日、被告に対し本件賠償金請求の訴えを提起することを議決したが、その議決は野中達郎に対しても同時に同様の訴えを提起することを条件としたものであった。しかるに、原告町は被告に対し本訴を提起したのみで、野中達郎に対してはその訴えを提起していない。したがって、本訴は原告町の議決にしたがわない不適法なものといわなければならない。
二、請求原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は次に否認する点を除き、これを認める。
野中達郎は被告の命を受けその補助として国民健康保険にかかる現金、預金の出納および保管の事務をつかさどっていたのではない。被告は、原告町が昭和三五年一一月一日から国民健康保険事業を実施するに際し、従前の会計事務のほかに右事業の特別会計事務まで行うことになると事務量が増加し責任を負うことが困難になる状態であったので、町長に対し、その理由を具申して右国民健康保険の特別会計と従前からの授産場の特別会計の事務を他の職員に分掌させて貰うよう願い出たところ、町長はこれを容れ口頭で右二つの特別会計事務を出納員の野中達郎に委任するよう指示命令したので、被告はその事務を同人に委任したものであり、したがって、同人は右委任により自己の権限と責任において国民健康保険の特別会計の事務をつかさどっていたものである。もっとも、右のように地方公共団体の長が収入役をしてその事務の一部を出納員に委任させた場合においては、その長は直ちにその旨を告示しなければならない旨地方自治法は規定しているが、右規定は効力規定ではなく訓示規定と解すべきである。したがって、右野中達郎への委任については町長の告示がなかったが、それは有効である。
(三) 同(三)の事実のうち、次の主張に反する部分は否認する。
野中達郎は、昭和三六年五月中旬から昭和三九年一月上旬までの間に三六回にわたり原告町の国民健康保険にかかる現金合計金四六七万五、三二〇円を着服して横領したのであり、そのうち同人が被告の退職した昭和三八年一〇月一四日までに横領したのは金四〇二万三二〇円である。
(四) 同(四)の事実はすべて否認する。
前記(二)において述べたとおり国民健康保険の特別会計の事務は野中達郎が委任を受け、自己の名と責任において処理する権限を有していたものであり、その委任をした収入役である被告はその事務を執行する権限を有していなかったものであるから、前記野中達郎の横領による公金亡失については被告はその責任を負うものではない。
(五) 同(五)の事実は認める。
(六) 同(六)の事実のうち、原告主張の各日に野中達郎がその主張の金額を弁済したことは認めるが、その余の事実は否認する。原告町はその主張のような弁済充当の意思表示をしなかった。
三、仮定抗弁
(一) 過失相殺
かりに、被告に賠償責任があるとしても、次に述べる原告町側の過失は、被告の賠償すべき額を定めるについて斟酌されるべきである。
1 原告町の町長は補助機関であった収入役の被告および同じく補助機関であった出納員の野中達郎を指揮監督すべきであったのに、それを怠っていた。
2 原告町の監査委員は会計事務を監査すべき義務があるのに、昭和三六年五月から被告の退職した昭和三八年一〇月一四日までの間、例月出納検査、臨時出納検査においても、また定期および臨時の出納等の監査においても、国民健康保険にかかる出納の帳尻と現金との突き合わせをほとんど全くといってよいほど怠っていた。
(二) 被告の賠償義務の消滅
かりに、被告に賠償責任があるとしても、それは野中達郎と連帯して負うべきものであるところ、野中達郎は前記のとおり原告町に対し金一四三万六、一四三円を賠償したので、被告についても同額の賠償義務が消滅し、さらに原告町が野中達郎に対しその余の賠償債務を免除し、右債務の免除は被告の利益のためにもその効力を生じたから、被告の原告町に対する賠償義務もすべて消滅した。
(三) 相殺
被告は次のとおり原告町に対し金八二万六、九六〇円の不当利得返還債権を有していた。
すなわち、原告町は昭和三〇年三月一日東川副村と新北村とが合併してできた町であり、被告は合併前の新北村の収入役であったところ、新北村は昭和二八年度において災害土木工事として寺井津漁港改修工事を行い、合計金八二万六、九六〇円を支出した。ところが、右工事の予算として歳入に計上されていた国庫補助金が同年度中に交付されなかったため、右工事を翌昭和二九年度へ持越しの手続をとり同年度の歳入歳出予算に計上したが、同年度の歳入歳出決算書作成の際、右工事費を歳出欄に記入することを脱落した。
右決算書が議会で承認されたのち、被告はその誤りに気付き、帳簿上金八二万六、九六〇円の現金不足に苦慮した末、一時的な措置として、昭和三四年八月頃に金一八万円、その後昭和三七年一二月頃までに数回にわたり金四万六、九六〇円のいずれも自己の現金を原告町の金庫に差し入れ、残額金六〇万円については被告個人名義の借用証を差し入れたが、町長、助役の申入れにより昭和三九年一月末頃右借用証に替えて自己の現金三〇万円と退職金三〇万円合計金六〇万円を差し入れた。その結果、原告町は法律上の原因なくして被告の財産により金八二万六、九六〇円の利益を受け、被告は同額の損害を受けた。そして、原告町は現に同額の利益を受けているから、被告に対し同額の返還をすべき義務を負っていたものである。
しかるところ、地方自治法に定める収入役の賠償債務は、公法上の特別の債務であるから、民法第五〇九条の相殺禁止の規定の適用ないし準用はないと解すべきである。
そこで、被告は原告町に対し、昭和四〇年一一月二九日の本訴口頭弁論期日において、被告の賠償すべき債務につき、右不当利得返還債権金八二万六、九六〇円と対当額において相殺する旨の意思表示をなした。
第四、当事者双方の証拠関係≪省略≫
理由
一、まず、被告の本案前の主張について判断する。原告町の議会が昭和三九年七月一六日、被告に対し本件賠償金請求の訴えを提起することを議決したことは当事者間に争いがないところ、被告は右議決は野中達郎に対しても同時に同様の訴えを提起することを条件としたものであったと主張するが、≪証拠省略≫によるも右主張事実を認めることができず、他にこれを認めるべき証拠はない。したがって、原告の被告に対する本訴提起は原告町の議会の議決を経てなされた適法なものであり、被告の本案前の主張は理由がないといわなければならない。
二、被告が昭和三四年一〇月一五日原告町の収入役に就任し、昭和三八年一〇月一四日に退職するまでその職にあったこと、野中達郎が昭和三〇年三月一日から原告町に事務吏員として勤務し、昭和三四年二月一日会計係に配置され、同年七月六日出納員に任命されたこと、同人は原告町が昭和三五年一一月一日から実施した国民健康保険事業にかかる現金、預金の出納および保管の事務を同日から右被告の退職の日まで出納員としてつかさどったこと、そして同人は右被告の退職の日から同年一二月一日まで収入役の職務を代理し、同月一〇日統計主任に配置替えされたことは当事者間に争いがない。
三、そこで、野中達郎の原告町の公金横領について判断するに、原告は同人が昭和三五年一一月一日から昭和三八年一二月三一日までの間に原告町の国民健康保険にかかる現金、預金合計金四九二万一、二七七円を着服横領し、そのうち被告の退職した昭和三八年一〇月一四日までに横領したのが金四二四万八、〇八一円であると主張するが、≪証拠省略≫を総合しても、右主張事実のうち、後記争いのない事実および認定事実以上の横領の事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
しかるところ、原告の右主張事実のうち、野中達郎が昭和三六年五月中旬頃から被告の退職した昭和三八年一〇月一四日までの間に現金合計金四〇二万三二〇円を着服横領したことは被告の認めるところである。そして、≪証拠省略≫によると、野中達郎が昭和三六年五月中旬頃から昭和三九年一月上旬頃までの間に原告町の国民健康保険にかかる現金、預金合計金四六七万五、三二〇円を着服横領したことを認めることができる。
四、ところで、原告が、原告町の国民健康保険にかかる現金、預金の出納保管事務は収入役であった被告の職務権限に属するものであり、野中達郎は被告から命を受けてその事務を補助していたにすぎないから、被告は右現金、預金の亡失について責任を負わなければならない旨主張するのに対し、被告は、原告町が国民健康保険事業を実施するに際し、被告は町長の命によりその事業にかかる特別会計事務を出納員であった野中達郎に委任したから、それにかかる現金、預金については保管の権限がなく、したがって責任も負わない旨主張するところ、≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。
国民健康保険事業実施前の原告町の会計事務には、一般会計、上水道特別会計、授産場特別会計があり、いずれも収入役であった被告の職務権限に属していたところ、被告はそのうち一般会計と上水道特別会計の事務を自ら直接つかさどり、授産場特別会計の事務はそのすべてを出納員であった野中達郎に命じてつかさどらせていた。ところが、原告町が昭和三五年一一月一日から国民健康保険事業を実施することになったのにともない、それにかかる特別会計の事務が増えることとなったが、被告としては、従前の一般会計、上水道特別会計の事務のほかに右会計事務を自ら直接処理することはその事務量からして困難な状態であったので、事前に町長(当時は三島国雄)に右国民健康保険の特別会計事務を野中達郎につかさどらせることを相談したところ、町長もそれを了承した。そこで、被告は野中達郎に命じて右会計事務をその当初からつかさどらせたが、その事務の処理はすべて収入役であった被告の名において、かつ、収入役の印鑑を使用させてなさしめており、右会計事務はなお被告の職務権限に属していたのであり、野中達郎にその権限の移譲すなわち委任をしたものではなかった。
以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫そうだとすると、被告は収入役としてその職務上国民健康保険にかかる現金、預金を保管すべき義務を負っていたものといわなければならない。
五、しかるところ、被告の収入役在任期間中における賠償責任については、昭和三八年六月八日法律第九九号の附則第一条、第一二条によって、同法律による改正前の地方自治法(以下これを旧地方自治法という。)第二四四条の二第一項に規定していたところによるべきであるが、同規定によると、収入役は善良な管理者の注意を怠ったことにより自己が保管する現金を亡失した場合にはその損害を賠償しなければならないとされている。そこで、被告が収入役在任期間中、国民健康保険にかかる現金、預金の保管につき善良な管理者の注意を怠っていたかどうか、およびそれを怠ったことが野中達郎の前記公金横領を発生させた原因となっていたかどうかを判断するに、≪証拠省略≫を総合すると、被告は、出納員であった野中達郎に国民健康保険の特別会計をつかさどらせていたが、その帳簿類、現金、預金通帳などすべてを同人に保管させ、その会計事務に必要な収入役の印鑑も同人のいうがままに使用させており、自らは右帳簿類、現金、預金通帳がどのようになっているかを調べたり、同人に報告させることもなく、管理者として注意を全く怠っていたこと、およびその結果野中達郎は被告が収入役に在任中、容易に右国民健康保険にかかる税金を横領することができたこと、いいかえると被告の右注意のけたいが野中達郎による公金横領の発生の原因となっていることを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
六、そうだとすると、被告は収入役在任期間中に発生した野中達郎の横領による公金亡失につき、原告町に対しその損害を賠償すべき責めに任ずるものといわなければならないが、横領をなした野中達郎もまた出納員として旧地方自治法第二四四条の二第二項に規定していたところによりその損害を賠償すべき責任を負うものである。
ところで、右のように収入役とその命を受けた出納員の両者に賠償責任がある場合、その損害につきそれぞれがどのような範囲で賠償義務を負うのか、また両者のその賠償義務がどのような関係に立つかについては旧地方自治法は何ら規定していなかった。そこで、かりに、かかる場合につき民法第七一九条の共同不法行為の規定の適用ないし準用があると解すると、両者はその共同の不法行為によって与えた損害全部につき連帯して賠償すべき義務を負うことになる。しかしながら、地方自治法の規定によって負わせられるかかる公法上の賠償義務について当然に右民法の規定の適用ないし準用をすべきものとしなければならない理由はない。現行地方自治法第二四三条の二第二項は、かかる場合につき、「その損害が二人以上の職員の行為によって生じたものであるときは、当該職員は、それぞれの職分に応じ、かつ、当該行為が当該損害の発生の原因となった程度に応じて賠償の責めに任ずるものとする。」と規定し、右民法の規定を排除している。旧地方自治法には右のような規定を欠くが、そのもとにおいても右規定と同様の賠償責任を負うものと解するのを相当とする。
そこで、被告および野中達郎の各損害賠償義務の範囲について判断するに、野中達郎は自らの故意による横領により公金を亡失し損害を発生させたものであるからその横領した金員の全額である金四〇二万三二〇円について賠償すべき責任を負うものであるところ、被告は収入役という職務からすると野中達郎より責任の重い地位にあったわけであるが、損害発生の原因からすると野中達郎の横領行為が直接かつ決定的原因であるのに対し被告は単に保管上の注意義務を怠ったにすぎず、野中達郎の右横領行為に比するとその原因となった程度はかなり低いものである。このことに、前記認定の被告が国民健康保険の特別会計を野中達郎につかさどらせた事情および被告の過失の程度をあわせ考えると、被告は原告町に対して、その収入役在任期間中に野中達郎の横領により発生した損害の二分の一、すなわち前記金四〇二万三二〇円の二分の一の額であることが計算上明らかな金二〇一万一六〇円についてこれを賠償すべき責めに任ずるものと解するのが相当である。なお、被告主張の仮定抗弁(一)の各事実は被告の収入役としての賠償の額を定めるにつき斟酌すべき事情とは認められない。
ところで、旧地方自治法第二四四条の二の規定にしたがうと、原告町が被告に右賠償をさせるためには、町長が監査委員の監査結果に基づき、期限を定めてその賠償を命じなければならないところ、原告町の町長川原誠が、昭和三九年二月一三日監査委員から国民健康保険にかかる出納の監査の結果の報告を受け、これに基づき同年四月六日付の書面で、被告に対し、被告の収入役在任期間中に亡失した金四二四万八、〇八一円を同年六月一九日までに賠償するよう命令し、同書面がその日付頃被告に到達したことは当事者間に争いがない。右事実によると被告が原告町から賠償を命ぜられた金額は金四二四万八、〇八一円であるが、右命令によって被告の賠償すべき責任が発生し、かつ確定するというものではないから、右命令があっても、被告が賠償の責めに任ずべき損害額は前記認定の金二〇一万一六〇円に限られるといわなければならない。
そうして、被告の右金二〇一万一六〇円の賠償債務と野中達郎の前記金四〇二万三二〇円のうちの金二〇一万一六〇円の賠償債務とは同一の損害に対する賠償債務であるが、前記のとおりそれぞれの職務に応じ、かつ、損害の発生の原因となった程度に応じて賠償の債務を負うものであるから、不真正連帯債務と解すべきである。
七、前記認定のとおり野中達郎が昭和三六年五月中旬頃から昭和三九年一月上旬頃までに横領した国民健康保険にかかる現金、預金は合計金四六七万五、三二〇円であるところ、同人が昭和三九年四月六日に金七〇万円、同年六月二五日に金三七万一、一四三円、昭和四〇年一月二八日に金三六万五、〇〇〇円、合計金一四三万六、一四三円の賠償金を支払ったことは原告の自認するところである。
しかるところ、原告は、そのうち金六七万三、一九六円は、被告の収入役退職後の横領による損害の賠償債務に充当する旨の意思表示を野中達郎の代理人であった同人の母に対してなしたと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、野中達郎の右弁済は弁済期の先に来たもの、すなわち横領による損害発生の順に充当されたものといわなければならない。したがって、野中達郎の右金一四三万六、一四三円の弁済は被告の収入役在任期間中の横領による金四〇二万三二〇円の損害賠償債務に充当されているが、前記のとおり被告は右金四〇二万三二〇円の損害の二分の一について賠償債務を負うものであるから、野中達郎の右金一四三万六、一四三円の弁済も被告の賠償債務に対してはその二分の一の額であることが計算上明らかな金七一万八、〇七一円五〇銭の限度で効力を生じたものである。
八、被告は、原告町が野中達郎に対し右金一四三万六、一四三円の弁済後の残余の賠償債務を免除したから、その免除は被告の利益のためにも効力を生じたと主張するが、前記のとおり被告の賠償債務と野中達郎の賠償債務とは不真正連帯債務であるから、野中達郎に対する債務免除は被告に対しては効力を及ぼさないものであるし、またその主張の債務免除を認めるに足りる証拠はない。
九、つぎに、被告主張の相殺の抗弁について判断する。被告は、被告の本件賠償債務は公法上の債務であるから、民法第五〇九条の相殺禁止の規定の適用ないし準用はないと解すべきであると主張するが、そもそもかかる公法上の債務につき相殺ができるという法律上の規定がないのであり、かりに一般に公法上の債務について民法第五〇五条の適用ないし準用があると解するならば、本件のような不法行為による公法上の債務については当然に同法第五〇九条を適用ないし準用しなければならないわけであるから、いずれにしても被告の本件賠償債務については相殺は許されないものといわなければならない。のみならず、被告主張の不当利得返還請求権発生の原因となった事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができない。
一〇、以上の次第であるから、結局、被告は原告町に対し、賠償債務の金二〇一万一六〇円から野中達郎の弁済の効力を受ける金七一万八、〇七一円五〇銭を差し引いた金一二九万二、〇八八円五〇銭とこれに対する前記賠償命令に定められた期限の翌日である昭和三九年六月二〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
よって、原告の本訴請求は右認定の限度で正当であるから認容し、その余の部分は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、原告勝訴部分に対する仮執行宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 桑原宗朝 裁判官 人見泰碩 野間洋之助)